「宇崎ちゃん」論争を考えたい
胸の大きな女性の漫画キャラクター「宇崎ちゃん」をあしらった日本赤十字社のポスターについて「過度に性的だ」「問題ない」といった論争が10月、SNS上で巻き起こりました。気になったのは、意見が異なる人たちの間の断絶。専門家は「議論に意欲のあるレスラーばかりいてリングがない。いわば全員が場外乱闘している」と評しました。それから1か月余り。改めて当事者たちを取材し、どう向き合ったらいいのかを考えました。(ネットワーク報道部記者 有吉桃子・大石理恵)
宇崎ちゃん論争とは
まずは簡単な振り返りを。きっかけは、日本を訪れたアメリカ人がつぶやいたこのツイートでした。
(日本語訳)「赤十字の仕事を称賛しているからこそ、過度に性的な宇崎ちゃんのポスターを使ったキャンペーンを行っていることに、がっかりしています。この種のものには、適切な時と場所がある。これは違う」
さらに「環境型セクハラしているようなものだ」との批判も寄せられました。
これに対し「過度に性的ではない」「セクハラには当たらない」といった反論が寄せられました。
さらに…
これに対し「過度に性的ではない」「セクハラには当たらない」といった反論が寄せられました。
さらに…
論争は炎上の様相を呈していったのです。
“全員が場外乱闘”
その状況を“全員が場外乱闘している”と表現するのは、メディア文化論が専門の田中東子大妻女子大学教授です。
「みんなが議論していますが、それぞれが使うことばが、同じ意味とは限りません。人生や価値観によってことばにプラスアルファの意味を加えて使っているからです。しかも、短い文章だけでやり取りするSNSでは、どうしても溝ができてしまう。現状は、議論に意欲のあるレスラーばかりいてリングがない状態、いわば全員が場外乱闘している状態です。そろそろリング、つまり議論する場をきちんと作る必要があると思います」
“セクハラではない” 30代男性会社員
建設的な議論を進めるためにはどうしたらいいのか、改めて双方の意見を取材しました。はじめは駅の構内などで見かける女性用下着のポスターを引用して、ツイッターに以下のような投稿をしていた30代の男性会社員です。
「公共の場である駅構内がこの状態、海外でさえこうなのに、それをスルーしてTPO!TPO!って言うのはどうなんだ?そのあげくに#献血ボイコットだろ?どこ向いてるんだよ…」
Q「あのポスターはセクハラだ」と指摘することは問題だと思いますか?
「『セクハラだ』と指摘すること自体は、個人の自由だと思うんです。ただ『違うよ、セクハラではないよ』という人もいます。宇崎ちゃんの場合、胸が一般的な女性に比べて大きいのは確かですが、漫画表現とはそういうものだと思います。服もきちんと着ているし、セクハラには当たらないと思います」
Q SNS上で大きな議論になったことについては?
「ポスターは献血ルームの目立たない場所に貼ってあったようで、キャンペーンが展開された関東1都6県には4000万人を超える人が住んでいるのに、2週間も話題にならなかった。その点でも掲示の範囲はわきまえていたと言えるのではないんでしょうか。こうした議論は今回だけじゃないです。こういうのがあるたびに、ずっと議論になっている印象です。そして毎度、声の大きい人が『よくない』『悪い』と言って、出した側が『とりやめる』『中止する』それを繰り返しているだけ。これ自体が表現の自由の侵害だと思います」
「『セクハラだ』と指摘すること自体は、個人の自由だと思うんです。ただ『違うよ、セクハラではないよ』という人もいます。宇崎ちゃんの場合、胸が一般的な女性に比べて大きいのは確かですが、漫画表現とはそういうものだと思います。服もきちんと着ているし、セクハラには当たらないと思います」
Q SNS上で大きな議論になったことについては?
「ポスターは献血ルームの目立たない場所に貼ってあったようで、キャンペーンが展開された関東1都6県には4000万人を超える人が住んでいるのに、2週間も話題にならなかった。その点でも掲示の範囲はわきまえていたと言えるのではないんでしょうか。こうした議論は今回だけじゃないです。こういうのがあるたびに、ずっと議論になっている印象です。そして毎度、声の大きい人が『よくない』『悪い』と言って、出した側が『とりやめる』『中止する』それを繰り返しているだけ。これ自体が表現の自由の侵害だと思います」
“セクハラでしょ” アメリカ人男性
続いては、発端となった投稿をしたアメリカ人男性のジェイ・アレンさんです。日本のアニメが好きで妻が日本人というジェイさんは、年に数回日本を訪れる知日派です。
東京 新宿駅の地下街にある献血ルームの前で見つけたポスターに違和感を感じ、その場にいた妻など数人と話をしたうえで、10月14日に冒頭のコメントを投稿したそうです。
Q これはセクハラではないという意見をどう受け止めていますか?
「好きなキャラクターが攻撃されたと感じ、逆襲しなければならないと考えている人が“セクハラではない”と言っているのではないでしょうか。このポスターは『エロい』ですが、キャラクターを攻撃したのではなく、公共の場にふさわしくないと言ったのです」
Q SNS上で大きな議論になったことについては?
「びっくりしました。特に男性のファンからの怒りがすごかったです。このようなポスターを公の場で掲示する『権利』が、本当にそこまで大切なのでしょうか?女性は、女性の体が“鑑賞物”として扱われる問題に数十年以上立ち向かっていますが、何度丁寧に説明しても耳を傾けない男性がまだ少なくないと思います。ただ、議論が続いているということは、少しずつ社会を改善するチャンスだと思います」
東京 新宿駅の地下街にある献血ルームの前で見つけたポスターに違和感を感じ、その場にいた妻など数人と話をしたうえで、10月14日に冒頭のコメントを投稿したそうです。
Q これはセクハラではないという意見をどう受け止めていますか?
「好きなキャラクターが攻撃されたと感じ、逆襲しなければならないと考えている人が“セクハラではない”と言っているのではないでしょうか。このポスターは『エロい』ですが、キャラクターを攻撃したのではなく、公共の場にふさわしくないと言ったのです」
Q SNS上で大きな議論になったことについては?
「びっくりしました。特に男性のファンからの怒りがすごかったです。このようなポスターを公の場で掲示する『権利』が、本当にそこまで大切なのでしょうか?女性は、女性の体が“鑑賞物”として扱われる問題に数十年以上立ち向かっていますが、何度丁寧に説明しても耳を傾けない男性がまだ少なくないと思います。ただ、議論が続いているということは、少しずつ社会を改善するチャンスだと思います」
現場を確かめてみた
どんな風にポスターが掲示されているのか、自分の目で確かめる必要があると思った記者(有吉)は、10月のある日、都内の献血ルームに行ってみました。
献血ルームはビルのワンフロアーにあり、エレベーターを降りると、目の前の壁に数枚のポスター。「宇崎ちゃん」のポスターは真ん中に貼られていました。ほかには待合室の壁に1枚貼られていましたが、この壁にはほかのポスターはありませんでした。
これを目立つと感じるのか、目立たないと言うかは、とらえ方によると思いました。ただ、誰にでも見える場所ではありました。
献血を終え係の女性に「宇崎ちゃんのファイルがほしいのですが」と声をかけると「これ、かわいいですよね。私も献血しようかな」と言いながら持ってきてくれました。
献血ルームはビルのワンフロアーにあり、エレベーターを降りると、目の前の壁に数枚のポスター。「宇崎ちゃん」のポスターは真ん中に貼られていました。ほかには待合室の壁に1枚貼られていましたが、この壁にはほかのポスターはありませんでした。
これを目立つと感じるのか、目立たないと言うかは、とらえ方によると思いました。ただ、誰にでも見える場所ではありました。
献血を終え係の女性に「宇崎ちゃんのファイルがほしいのですが」と声をかけると「これ、かわいいですよね。私も献血しようかな」と言いながら持ってきてくれました。
午前中の早い時間に訪れたので人はまばらで、インターネット上で起きている白熱した議論とは別世界のようにも感じました。
こんな光景から広がった議論。前述の田中教授はこう指摘しています。
こんな光景から広がった議論。前述の田中教授はこう指摘しています。
(田中教授)「よかれあしかれ、テクノロジーによって一つのツイートが世界から目撃される時代。それが炎上の要因の一つにもなっている」
若い献血者を確保したい
最大の当事者、日本赤十字社にも聞きました。まずは今回の件についての見解です。
「見られ方への想像力が少し足りなかったという認識を持っています。赤十字は公共性の高い団体なので、誰もが気持ちよく過ごせるようにしたいと考えております」
続いて確かめたのはキャラクターとコラボをした理由。答えは、献血者数の減少でした。特に10代から30代の献血者数がこの10年で35%も減少しているとのことです。
一方で、毎年東京ビッグサイトで行われ若者が多く集まるコミックマーケット会場では、献血者数が都内全体の献血者数の50%近くを占め、直近の2年間では10代の献血者数が増加傾向にあるそうです。
「これまでも多くの漫画やアニメ作品にご支援をいただき、ご好評を得てきたことから今回のキャンペーンも献血にご協力いただけるファンの方を対象として実施させていただきました。なお、今回のキャンペーンはノベルティーの配布を目的としており、ポスターなどによる一般の方へのPRを目的にしたものではありません」
一方で、どのような基準やプロセスでポスターが作られたのかという質問に対しては「社内での決定手順については、お答えは控えさせていただきます」という回答でした。
ちなみにコラボキャンペーンが行われた1都6県の10月の献血者数は、前年同月比で約6%増。日赤は「さまざまな施策を行っており、特定のキャンペーンの効果とは明言できないため、回答は控えます」としています。
ちなみにコラボキャンペーンが行われた1都6県の10月の献血者数は、前年同月比で約6%増。日赤は「さまざまな施策を行っており、特定のキャンペーンの効果とは明言できないため、回答は控えます」としています。
自費でアンケート調査も
11月になると、献血ポスターについてアンケート調査を行い、その結果を公表する人も現れました。
すももさんは、調査会社に依頼しインターネット上で20代から50代までの男女、それぞれ200人ずつ、合わせて1600人に、「不快感を感じるか感じないか」、「献血のPRポスターとして問題があるかないか」を4通りの組み合わせで聞きました。費用は1万6000円かかったそうです。
(すももさん)「問題が長期化しているのに、建設的な議論が行われない状況だと思いました。議論を次のステップに進めるのに役立てたいと思ったのと、単純にどの程度の人が不快に思っているかを知りたいという好奇心からでした」
アンケートの結果には、一定の傾向が出ています。「不快感を感じる」「献血のポスターとして問題がある」と思う人が、全体で多数を占めています。
年代や性別では、男性より女性のほうが、また年代が上がるほど「不快感を感じる」「問題がある」と思う人の割合が増えます。
内閣府が自治体などに向けて作成した広報の手引きでは、「内容と無関係に、女性の水着姿や、身体の一部などを使うと、『性的側面を強調している』と受け取られるおそれがあります」(※)として注意を促しています。このデータや手引きをもとに、公共的な団体が限定的にでもPRに使うことがふさわしいかどうかを考えるのは、そんなに難しいことではなさそうです。
一方、調査を行ったすももさんの考えは、少し違うようです。
一方、調査を行ったすももさんの考えは、少し違うようです。
(すももさん)「はっきりしたのは、性と世代によって考えに差があるということです。不快感という感情や価値観の違いで『アウト』と言ってしまっては、言われた側は不条理と感じるのではないでしょうか。歩み寄りのカギは、性差や世代差があることを認識することです。ちなみに私は、献血のターゲットでもある若い男性の受け止め方に、女性や中高年が歩み寄る方向で理解が進むことを望みます」
キャラクター文化が盛んだからこそ
数年前にも似たようなケースがありました。「セクシーすぎる」などと指摘され、自治体の公認を撤回されたものの、その後民間キャラクターとして活動している「碧志摩メグ」です。
海女をイメージした碧志摩メグは、バイクレーサーとして海外のレースに出場していた男性が、日本の漫画キャラをデザインしたいわゆる「痛バイク」で出場し大きな反響を得た経験から作られ、5年前に三重県志摩市の公認キャラクターとなりました。
しかし、ほどなく当の海女たちから「実際とかけ離れていて、肉体をみせびらかすような表現に不快感を覚える」などの声が上がり、市から公認を撤回されました。
しかし、ほどなく当の海女たちから「実際とかけ離れていて、肉体をみせびらかすような表現に不快感を覚える」などの声が上がり、市から公認を撤回されました。
しかし、その後も民間のキャラクターとして活動を続けた結果ファンも定着。東京 立川市でキャラクターのラッピングバスが運行されているほか、伊勢神宮周辺では、ゆるキャラとしても活動しています。
これまでも繰り返されてきた公的機関によるキャラクターを使用したPRに伴う炎上。それをネットの世界の現象にとどめるのではなく、一歩進んで向き合い方を見いだし現実の社会で共有しなければならないと感じます。キャラクター文化が盛んな日本だからこそとも思います。
それをどう見つけていくのか?
田中教授は、規制や基準を設けるのではなく、議論を積み重ねて共通見解を作りあげていくことが何より大切だと言います。
これまでも繰り返されてきた公的機関によるキャラクターを使用したPRに伴う炎上。それをネットの世界の現象にとどめるのではなく、一歩進んで向き合い方を見いだし現実の社会で共有しなければならないと感じます。キャラクター文化が盛んな日本だからこそとも思います。
それをどう見つけていくのか?
田中教授は、規制や基準を設けるのではなく、議論を積み重ねて共通見解を作りあげていくことが何より大切だと言います。
(田中教授)「性的な表現をめぐる議論はSNSによって表面化しました。1つのポスターをめぐって『不快だ』『ふさわしくない』という声が出始めた段階です。炎上したらそれを規制するのではなくて、それを題材に学校教育の場や家庭で話し合えばいい。そうしてじっくり議論を深めていくことで、5年後、10年後、新たな表現が生まれてくるのではないでしょうか」
(※内閣府の手引きなどを参考に作られた自治体のガイドを掲載していましたが、内閣府の手引きを掲載し直しました)