こんにちは、Caffeineです。
「ミノニヨクシティ」の考察も大詰めとなってきました! 住人についてはほとんど考察してきました。主要キャラクタとしては、ミチビキやサトリ・ミトリなどが残っています。
ミチビキについて考察する前に、今回は「凶」について考察していきたいと思います。
彼は凶ですので、まずは凶について理解を深めておいたほうがわかりやすいでしょう。
ミチビキについては、次回お送りいたします。
凶とは?
ミノニヨクシティのある死後の世界には、「凶」と呼ばれる人々がいます。具体的には、顔に「メ」や「凶」と書かれたようなお面をかぶった人たちです。足がない幽霊のような見た目をしています。通常の街では凶に出会うことは少なく、彼らと話すには「凶の都」などに行く必要があります。
凶の都
凶の都にいるのは、この「凶」たちとヨーカイばかりです。ヨーカイは凶の都だけではなく、輪廻道の宿でも見かけることができます。
この凶の都は、「ミノニヨクシティ」という作品を考察する上では欠かせない情報がたくさん得られる場所です。ここに辿り着かなければ、ミノニヨクシティの半分以上のことがわからないといっても過言ではないかもしれません。これまでミノニヨクシティの住人の考察をしてきましたが、その点では特に「凶新聞」などがとても参考になっています。
凶は箱庭の管理者
この凶の都で話を聞いてまわると、凶たちは箱庭をもつために勉強しているという話を聞くことができます。凶はほとんど箱庭をもつために存在するようですが、凶であれば誰もが箱庭をもてるというわけではないようです。
そのため凶の都には、管理者のたまごたちも住んでいるということなのでしょう。学園都市のようなものなのかもしれません。
なお凶の都へはミチビキに隠れて行くことになりますが、もともと凶の都への「きのこねくしょん」の通路は、ミチビキが通勤のために使用しているようです。そのため厳密には、ミチビキはミノニヨクシティの住人ではないということになります。
ヨーカイ
凶の都にいるヨーカイには、みずからを「スカウトマン」と呼ぶものがいます。
凶の都に入るには輪廻道でスタンプラリーを完了させる必要がありますが、このヨーカイはそのスタンプラリーを考案したリンネもスカウトしようとしたようです。
(どうやら断られたようですが)
このことから、輪廻道で旅をしているリンネの一部がスカウトされるなどして凶の都に入って凶になる、という過程になっているようです。そのため(すべての凶がそうかはわからないにしても)凶のなかには自覚して輪廻道に入った死者が混じっているということなのでしょう。
またヨーカイがどういう存在なのかは、不明です。ヨーカイ自身は、死者の魂を食べるような反応をするものがいますが、崩壊しかけの宿で怯えるヨーカイもいることから、実質的にはさほど強いわけではないようです。
各「箱庭」の凶たち
海底都市やビル街には、クリア前から凶を見かけることができます。彼らは話しかけようとしても近づくと消えてしまい、どんな凶なのかわからないままとなってしまいます。
しかしピギュラが自覚してミノニヨクシティに留まるトゥルーエンドルートだと、クリア後にユウヤとしていろいろなところに行って話を聞くことができます。その際にこの消えてしまう凶のところへ行くと、今度は消えずにちゃんと話しかけることができます。
どうやらその凶たちはその箱庭の管理者らしく、あまり姿を現したくないようです。ミノニヨクシティでは町長代理のホポポがいて、名乗ってはいないものの町長としてミチビキが管理をしています。凶の都の評判でもミチビキが変わり者であることが伺えますが、管理者の凶は一般的に姿を見せないものなのかもしれません。
作者の裏話
ちなみにこのスカウトに関しては、作者の方がブログで裏話として公開されています。その情報によると、輪廻道で旅を続けるなかでリンネたちの個性はなくなっていくことが多いのですが、個性の消えないリンネがいるので、そうしたリンネたちをスカウトしているそうです。
「個性」ばかりの中間管理職
しかし私はこれに対して、懸念を感じました。その理由は、中間管理職の立場の者を「個性」のある者ばかりにしたら、その組織は崩壊しかねないからです。
凶たちは箱庭をつくります。箱庭は街ですので人が住みます。ミチビキがそうであるように、凶たちは町長として管理者となります。そしてその管理者の候補である凶たちがスカウトされるとき、個性が重視されるのです。
管理者に個性は必要か
私たちは自分の住む町の長に、「個性」を求めるでしょうか? 私が町長や市長、知事などを選挙で投票するときは、統治力や政治能力に期待します。なぜならその町・市・都道府県などをよくしてほしいからです。おそらく個性があったところで、管理能力・統治力・政治能力には直接的な関係がないでしょう。
もっと近い例を出すと、会社の上司が凶であった場合です。私たちが働かく会社では上司すべてが、「個性」だけで選ばれた凶たちなのです。私ならこの仕組みを知った時点で、辞表を出して退社したくなります。
選挙のない世界
凶の上司がサトリ・ミトリであるなら、スカウトの基準を改めるべきではないでしょうか。
もちろん凶たちは勉強をして箱庭をもてるようなので、知識がない場合は箱庭をもつ資格はないのかもしれません。しかし個性を重視するスカウトのシステムであれば、「住人の命を弄んで我が物にする凶」を防ぐ手立てにはなりません。
少なくとも日本では選挙が行われるので、管理者を自分で選ぶことができます。しかし死後の世界に選挙はないようですので「子供は親を選べない」のように「死者は管理者を選べない」ということになってしまいます。
もちろん悪い人物は箱庭をもてないようにサトリ・ミトリが管理するという方法はあります。しかしすでにイザナイという反逆者の前例がいるのです。しかもサトリ・ミトリはイザナイを制御できていません。もしサトリ・ミトリを倒して権力を奪おうとする凶が現れた場合、この死後の世界の秩序は崩壊しかねないのです。
イザナイの述懐
またイザナイは裏世界のさらに深く「青い森」という場所に、たくさんのメッセージを残しています。細かくは今回の内容とあまり繋がらない部分もあるので省きますが、関係のありそうなところを引用してみましょう。
◆の原因によって、私たちは魂をより分ける。
好みと言ってもいい。
自らの波動に合う◆を体験したものを、そこに導く。
この◆は、おそらく「死」を伏せているものだと思われます。この記述で重要なのは、箱庭の住人である魂を選ぶとき、凶は死因などで選り分けているということです。この叙述のしかたであれば、死の原因によって選ぶのはルールや通例のような一般的な方法だということなのでしょう。
過去の行いによって住人を選り分けて、本当に街が健全に回るものでしょうか? これは死後の世界だけでなく私たちの世界にも適用できます。こんな政治手法は聞いたことがありません。
サトリ・ミトリの責任
「個性的なリンネをスカウトして凶にする」という基準を踏まえイザナイについて考えると、ある種の「必然性」を感じてしまいます。つまり「個性でスカウトしてたらそりゃイザナイみたいになる凶が現れて当然だよね」と。選挙が行われないので、住人たちの意向が反映されにくいのです。むしろ凶たちのしたいように遊ぶことができます(住人をオモチャに見立てる意味でも、箱庭という言葉が使われているのかもしれません)。
ここで誰に責任があるのか考えると、スカウトするヨーカイではなく、選ばれた凶でもなく、もちろん住人たちにあるはずもなく、やはり上位の管理者であるサトリ・ミトリに責任があると見なすことになるでしょう。
そもそもサトリ・ミトリはなにをする存在か、よくわかっていません。「ミノニヨクシティ」という作品を通して私が一番怪しんでいるのは、サトリ・ミトリです。もっとちゃんとしてほしいと思ってしまいます。
次のエントリ
今回は予習という形で、凶について考察してきました。次回のエントリでは、予定した通り「ミチビキ」について考察していきましょう。